覚王院の千手観音のお告げによって境内にある「乳の木」の実を食べたところ、乳がよく出るようになったという伝承がある、と寺院の公式サイトに記載されている。
『中川区の歴史』によると、年に2回梅の実のような実がなり、中身が乳のようなのでこの名前がついたこと、大正時代末頃から乳を求める人のお参りが盛んとなり、木の実を食べた人にはご利益があったと書かれている。
境内に入ってすぐ右手の石柱には「ち丶の観音医王山覚王院」と彫られており、千手観音が「ち丶の観音」としてお参りされていたのであろう。
閑静な住宅街にあり、正門に面している道路は東海道「七里の渡し」の迂回路である佐屋街道、そばには庄内川の渡しの万場宿があり、古い歴史のある一角である。
覚王院は山号を医王山という真言宗智山派の寺院。天正12年(1584)の火災で記録が失われているためそれ以前の歴史は不詳とのことで、明暦元年(1655)に再建されている。ご本尊の千手観音立像は鎌倉時代の作と言われる。境内には多くの地蔵が祀られている。
*この木はオオイタビだそうだが、2022年寺院からの情報では枯れて現存しないそうである。
山田寂雀:中川区の歴史、愛知県郷土資料刊行会、1982年、p247〜248
覚王院公式サイト https://kakuouinn.web.fc2.com/index.html
写真;内岡 恵撮影(2022/7/4)


