御鍬(おくわ)神社は濃尾平野が見渡せる山腹にある古い神社で、乳の祈願が伝わっている。『日本産育習俗資料集成』p350に、乳の祈願のための場所として海津郡石津村松山の「乳の神社」という記載があり、この神社のことと考えられる。
境内に立つ由来書によれば、奈良時代である神亀元年(724)に聖武天皇が養老の霊泉に赴く途中この地で御後(ごご:『新郷土海津』ではお后とある)が出産、鍬で泉を掘り出してそれでお湯を使った。また泉の水を飲んだところ、乳がたくさん出て健やかに育った。そこで近隣の住民がその鍬を貰い受け祀って御鍬神社とした。地元では乳神さまとして崇敬されているとある。
『新郷土海津』には、上記の乳が出るようになったという謂れについての記載はあるものの、祈願されたのは安産のみで、乳の祈願は書かれていない。
主祭神は大宜都比売神(おおげつひめのかみ)であるが、300年以上前の記録は失われているとのことで詳細は不明である。境内に入ったところの石灯籠に天保13年(1842)、本殿前の一対の石灯籠に文化9年(1812)、境内社の前の石灯籠に天保6年(1835)とそれぞれ刻まれており、古い歴史を物語っている。
新郷土海津編集委員会:新郷土海津 かわりゆく輪中と扇状地、岐阜県海津郡教育振興会、文渓堂、1978年、p168〜169
写真:内岡 恵撮影(2023/3/1)


