かつて田尻75付近にあった田尻八幡社は、応神天皇・神功皇后・玉依姫命を祀り、「乳の宮」といわれていた。安産と出産後の乳の出を願って、境内にある石龕(石の塔)に他の村からも多くの人々がお参りしたという話が、『郷の今昔』にある。
それにまつわる民話があり、野々市町教育委員会の作成したデジタルブック「郷土の民話伝説集」に次のように書かれている。「田尻八幡宮の境内に大きなイチョウがあり、ここにお参りした母親が神のお告げによってイチョウの実の入ったお餅を食べたところ乳が湧いて出た。それ以降ここを乳の宮と呼ぶようになった」
旧家に残されていた田尻八幡社の幡旗には、馬に乗った神功皇后の武装姿と傍らに皇子(後の応神天皇)を抱いた武内宿彌が描かれており、よく見ると上の方には2つの乳房マークがあるように見える。
田尻八幡社は、明治40年(1907)に堀内にある堀内八幡宮に移されて合祀され、明治八幡神社となった。『郷の今昔』には、石龕も一緒に合祀したとあるが、現在田尻八幡社に関するものは明治八幡神社には何も残っておらず、乳の宮跡地は田畑〜荒蕪地となっている。
加能民俗の会:加能民俗、国書刊行会、1983年、p406
郷の今昔編集委員会:郷の今昔、野々市町郷公民館、1990年、p153〜154、p183〜185
野々市町教育委員会発デジタルブック「郷土の民話伝説集」 http://tiikijiten.jp/~digibook/kyoudo_minwa/index.php?no=0016
野々市町教育委員会発デジタルブック「ののいち地域事典」 http://tiikijiten.jp/~digibook/go_konjyaku/keitai.php?no=0009
写真:野々市町教育委員会提供、内岡 恵撮影(2022/10/21)
情報提供:野々市町教育委員会、堀 裕之氏(野々市市郷公民館長)、明治八幡神社総代


