花山峠はむかし福井と大野・美濃を結ぶ最重要幹線道路であった。「もらい乳」のためにいつもここを越えて隣村に行っていた母子が雪崩のため亡くなったのでお祀りした、という石地蔵のお堂が花山峠のトンネルに接してある。12体の石造地蔵菩薩像が安置されており、中には文化11年(1814)と刻んだ像もある。そばに湧水があり、飲むとよく乳が出るといわれたという話が『越前若狭の伝説』『若狭・越前の伝説』にある。
花山峠は昭和40年(1965)頃までは坂戸峠と呼ばれていたそうで、旧美山町(現在の福井市美山町)と乾側地区との境になっている飯降山の支脈と、大門山に連なる山の鞍部にある。昔から大野道/羽生街道/足羽街道、また大野から岐阜への道は美濃道などとも呼ばれていた。天正元年(1573)織田信長に攻められて一乗谷の本拠を退去した朝倉義景主従もこの峠を越えたという。
杉原丈夫:越前若狭の伝説、松見文庫、1970年、p269 https://dl.ndl.go.jp/pid/12467707/1/149
駒 俊郎、花岡大学:若狭・越前の伝説 日本の伝説46、角川書店、1980年、p79〜80
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サイト「福井県伝承浪漫」 https://kofukuroman.com/hanayamatouge/
写真:奥 起久子撮影(2024/9/9)



