昔の鎌倉街道に面して立つ受円寺は、ご本尊阿弥陀如来が乳授如来といわれ、お寺の別名を「乳授堂」という。『日本産育習俗資料集成』p350に、地域の人たちが乳の祈願のために訪れる場所として記載されている。
『岐阜県美濃名誉図誌』には、「仏に供えし仏○を頂けば、乳のほしき人や乳の出が多き人は、右より○に不○乳出の○を施したまふこと明なり」と記載されており、乳が少ない場合のみならず多すぎる場合にも対応するご利益があったようだ。
受円寺は山号を佛教山という真宗大谷派の寺院。弘仁6年(815)、伝教大師最澄によって創建されたという。初めは天台宗で護法堂荘厳院(ごほうどうぢょうごんいん)と言ったが、本願寺覚如の時に改宗し受円寺となった。
この頃織田信長が各所の寺院を焼き討ちしていたが、表門のみが火災から免れて残ったものだそうだ。鎌倉末期から室町時代に建てられた木造瓦葺の四足門で、市の重要文化財となっている。
この一帯は「笠縫の里」と言われ、昔から栄えた地域で鎌倉街道の宿場であった。若宮八幡神社・子守神社・受円寺乳授如来・お地蔵さまなど、子どもにまつわるいろいろな伝承がある地域でもある。
渡邊市太郎:岐阜県美濃名誉図誌、光彰館事務所、1895年
https://dl.ndl.go.jp/pid/762865/1/46
岐阜県図書館サイト『岐阜県美濃名誉図誌』https://www.library.pref.gifu.lg.jp/dc/meiyozushi/img/IMG0080.JPG
写真:内岡 恵撮影(2023/2/28)



