乳信仰探訪

丸岡城天守付近の乳神さま

長昌寺には子産観音を中心にいくつもの石仏が残されている
赤ちゃんを抱いた子産観音が乳神さまとして祈願されたらしい
長昌寺は福井地震まで46年間丸岡城天守脇に同居していた

丸岡城には江戸時代初期の古い様式の天守があり、国の重要文化財である。一体この天守のどこに乳神さまが?という話が『日本産育習俗資料集成』にある。乳の祈願でお参りする場所として「丸岡城天守付近の乳神様」とあるのだ。
理由が推測できる情報があった。明治になって丸岡城が払い下げられた時、管理が長昌寺という寺院に委託された。この寺院は一時お城と同居、天守閣大修繕以降福井地震までの間天守の前に寺院の建物が建てられて*、御天守と呼ばれて町民に親しまれたという。つまり明治35年~昭和23年(1902〜1948)の間は、お城の天守付近に長昌寺があったので、そこの子産観音に参拝があったのではないかとのこと。長昌寺所蔵大正時代の「丸岡城天守芳名帳」を調査した月僧氏の論文によると、若い女性名の「礼参」という記入が複数あり、それが裏付けられている。
長昌寺からの情報では、乳神さまと呼ばれたのは赤ちゃんを抱いた石造りの子産観世音菩薩らしく、現在子授けと安産祈願については伝わっているが、乳の祈願については伝わっていないとのこと。像は当時の長昌寺住職と尼僧名で明治25年(1892)に作られたものという。
羅漢山長昌寺は昭和23年(1948)の福井地震の後、城内には再建されず、観音像ともども城山の下の現在地に移転した。本堂横には子産観音を中心にいくつもの石仏が並んでいる。
*坂井市教育委員会:丸岡城発掘調査報告書、2021年、p10〜11 https://sitereports.nabunken.go.jp/files/attach_mobile/42/42986/97257_1_丸岡城跡.pdf

恩賜財団母子愛育会編:日本産育習俗資料集成、第一法規出版、1975年、p344 https://dl.ndl.go.jp/pid/12166792/1/176
月僧亮我:史料紹介 福井県坂井市・長昌寺所蔵「公会堂縦覧者名簿」―大正時代の丸岡城天守芳名帳―、民俗文化(近畿大学民俗学研究所紀要)、36;195〜210:2024 https://kindai.repo.nii.ac.jp/records/2002518
写真:奥 起久子撮影(2025/4/2)、長昌寺提供(2021/9/9撮影)
情報提供:上中俊英氏(長昌寺住職)、坂井市教育委員会

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