乳信仰探訪

徳山神社の薬師如来

ダム建設のために移転合祀して建てられた薬師堂
この2体に乳の祈願が伝えられる
「乳もらい地蔵」の記載があるダムのほとりの記念碑

徳山神社は旧・徳山村の各地区に存在した神社8社を、ダム建設のために移転して合祀した、昭和62年(1987)にできた神社。境内の薬師堂には3体の薬師如来がお祀りされており、そのうちの2体に乳の祈願の話が伝わっている。
向かって右側の薬師如来がもと上開田地区の六社神社にあったもので、徳川湖(徳川ダム)のほとりの「六社神社跡宮展望台」にある石碑「上開田略史」に「乳もらい地蔵」と呼ばれたと彫られている。
むかし乳が出るようにとお薬師さまにお願いした母親の枕元に薬師如来が現れて、「心配しなくてもよい。供えたお米でお粥を作って食べれば出るようになる。」と告げ、こぼれるほど乳が出るようになった、という民話が『わたしたちの岐阜県の伝説』『美濃・飛騨の伝説』『徳山村の伝説』にある。江戸時代のものと考えられており、大正頃に彩色されている。旧暦4月8日が祭礼日で、小豆ごはんをお供えして乳の出を祈願したという。
向かって左側の薬師如来は、櫨原(はぜはら)地区の白山神社に安置されていたもの。同じく江戸時代の作と考えられており、昭和になって上塗りしたという。旧暦4月8日が祭礼日で、お花や団子を供えて乳の出を祈願したと伝えられている。(由来については『薬師如来の由緒のあらまし』より)
徳山神社に伝わる毎年成人の日に行われる元服式は、本巣市の無形民俗文化財に指定されている。

後藤時男:わたしたちの岐阜県の伝説、大衆書房、1972年、p53〜54 https://dl.ndl.go.jp/pid/12929596/1/35
長倉三朗・早船ちよ:美濃・飛騨の伝説 日本の伝説34、角川書店、1979年、p50〜51
江口義春:徳山村の伝説、ブックショップマイタウン、1990年、p239〜244
橋本多喜男:薬師如来の由緒のあらまし、徳山神社、1998年
写真:内岡 恵撮影(2023/4/9)

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