乳信仰探訪

大洞の乳母がふところ

乳母も赤ちゃんも飲んだという滝は渇水期に訪れたためか枯れていた
滝のそばに小さな祠と子守地蔵がある
周囲にはいろいろな石造物がみられる

三峰山のふもと、住宅街から山への入り口に「乳母がふところ 乳房が瀧入口」という小さな石標が立っている。少し登って行ったところに小さな祠と子守地蔵がある。子守地蔵の向かって左に山道に沿って沢のようになっているのが「乳房が瀧」と思われるが、表示はなく水はほぼ涸れている(2023年3月内岡訪問)。
関ヶ原の戦いの前哨戦で岐阜城が落城したとき、赤ちゃんを連れた乳母が逃れてきてこの滝を見つけ、飲むと乳がよく出た。村人はこの二人を匿い、乳母はこの地に住んで若君を育て上げた。以来乳の出にご利益があると里人がもらいにくるようになった、という話が『各務原市史』にある。赤ちゃんは織田家の若君だったそうで、『美濃の民話』『今様 美濃の語り部たち』には清水のそばの石碑には次の歌が彫られているとある。「行水や/うばがふところに/わきいでて/乳房の滝と/織田を養ふ」
『続・美濃と飛騨のむかし話』『今様 美濃の語り部たち』では、旅の親子連れだったという話になっている。
瑞巌寺という寺院が近くにあるが、乳母がふところの水をもらって乳が出るとこの寺院の山門前の地蔵尊にお礼参りとしてよだれかけをお供えする風習があった、という話が旅行社のサイトにある。

日本放送協会編・柳田國男監修:日本伝説名彙、日本放送出版協会、1950年、p383
赤座憲久編:美濃の民話 第1集 日本の民話51、未来社、1973年、p33〜34
長倉三朗、早船ちよ:美濃・飛騨の伝説 日本の伝説34、角川書店、1979年、p73
各務原市教育委員会編:各務原市史 考古・民俗編 民俗、1985年、p373〜376
https://dl.ndl.go.jp/ja/pid/9571447/1/212
岐阜県小中学校長会編:続・美濃と飛騨のむかし話、1970年、p236〜241
実践童話の会編:今様 美濃の語り部たち、1982年、p186〜191
「広報かがみはら」1078号、2008年、p22 https://www.city.kakamigahara.lg.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/006/581/080401.pdf
サイト「岐阜の旅ガイド:瑞巌寺」https://www.kankou-gifu.jp/spot/detail_7129.html
写真:内岡 恵(2023/3/2撮影)

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