道端に立つお地蔵さまで、当初は魔よけ地蔵として建てられたそうだが、近隣の人々にはお乳を授けるお地蔵さま、道しるべのお地蔵さまとして知られる。今でも乳の出を願ってお参りに来る母親を見かけることがある、と上市町公式サイト昔話のページや『越中のご利益さん』にある。この場合、半紙に米を添えてお供えし、お参りの後この米でお粥を炊いて食べるとよいと伝わっているそうだ。
立山町公式サイトにあるマップでは、稗田の地蔵堂として、魔よけ地蔵(乳出地蔵)と書かれている。台座には天明2年(1782)と彫られており、なかなか古いもののようである。
今から200年以上前には、旧五百石街道の稗田のあたりは人家もなく通行人にとっては危険な場所だったので、災難のないように「魔除け地蔵」を安置して安全を祈ったという。明治になって上市の中心部には多くの店が立ち並ぶようになり、市も開かれて、近郊や立山方面以外に飛騨高山あたりからも大勢の人が集まったそうだ。地蔵には右:立山道、とも彫られており、またこの場所から50mくらいのところには、左:大岩、との道標があり、道しるべの役割の「道標地蔵」でもあったようだ。現在はこの道路は県道157号線ではあるが静かな住宅地になっており、地元の人々はお地蔵さまを大切に守っている。
上野隆三:越中のご利益さん、北日本新聞社、1995年、p50〜51
上市町公式サイト「昔話」 https://www.town.kamiichi.toyama.jp/page/2036.html
立山町公式サイトのマップ https://www.town.tateyama.toyama.jp/material/files/group/10/map01.pdf
ブログ「ひるのなりかわ」 http://pronarikawa.blog.fc2.com/blog-entry-543.html
写真:内岡 恵撮影(2022/10/19)


