乳信仰探訪

観音堂は法香院に隣接し石段を登ったところにある
長門三十三観音霊場第16番札所で近隣の方々によって管理されている

幕末期に書かれた『防長風土注進案』に、赤郷村枝繪堂村(あかごうむらえだえどうむら)の普門山法然寺の正観音菩薩(注:聖観音)には、子授け・乳授けの伝承があると記載されている。
法然寺は明治維新になって長登村の妙香院と合併して法香院となった。聖観音は法香院に隣接した観音堂に安置されており、長門三十三観音霊場第16番札所になっている。
現在観音堂は地域の人達によって綺麗に管理されているが、世話人の方々は乳の祈願についてはご存じなかった(2024年7月訪問)。
法香院は山号を普門山という浄土宗の寺院。文治元年(1185)源範頼(蒲生冠者)の開基という。境内には慶長5年(1600)の年号のある、毛利輝元が慶長の役の時に朝鮮から連れてきた尼僧の供養塔と伝えられる板碑がある。
絵堂は山に囲まれた小さな集落だが、幕末に萩城下を出発した萩政府の諸隊鎮静軍がここに陣を構え官軍に対して砲撃を開始した場所として知られ、明治維新はここからスタートしたなどと書かれたブログがある。

山口県文書館:防長風土注進案17巻、山口県立図書館、1962年、p440
https://dl.ndl.go.jp/pid/9575402/1/230
ブログ「ぶらっと散歩」https://blog.goo.ne.jp/sebato107/e/229e9063a7fc8d017c600b543d5a250e
写真:奥 起久子撮影(2024/7/6)

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