乳信仰探訪

笠破の薬師如来、笠破観音堂

薬師如来は旧家の仏壇の前に祀られている(旧家のご好意により撮影)
取り壊される前の観音堂の堂内写真(滝本やすし氏提供)
観音堂のあった場所に薬師如来の由来を書いた案内板がある

700年前から笠破の旧家に家宝として伝わっている小さい金の薬師如来があり、霊験あらたかということでいつも黒山のような参拝者があった。京都からも公家の夫人が主従3名で参拝に来たが、たちまち乳が出るようになった。帰ろうとしたところ、置いてあった笠を筍が突き破って伸びていたので笠破村というようになったという話が『東布施村史』にある。
また同書に別途この集落の観音堂の情報がある。それによると、33体の観音が祀られており、その中に体の悪い部分を撫でるとよくなるナデ仏や乳の出がよくなる観音がある、と記載されている。
笠破観音堂は老朽化のためとり壊され、像はその場所に横たえられて並べられている。小さい木造の仏像(厨子に入っていて非公開だった観世音菩薩か)以外は石地蔵で、全部で40体が数えられた(2026年5月訪問)。取り壊される前の堂内写真が『富山県布施谷の石仏』にある。
観音堂跡は白山社の隣にあり、敷地に立っている「笠破の由来」という案内版(建立者不明)には、前記の乳の祈願が行われた薬師如来の話が書かれているが、傘の持ち主など『東布施村史』とは少し異なった部分がある。白山社は近辺に3箇所あるので注意。

東布施村史編纂委員会:東布施村史、東布施振興会、1994年、p395、p417
https://dl.ndl.go.jp/pid/13245471/1/209 https://dl.ndl.go.jp/pid/13245471/1/220
滝本やすし:富山県布施谷の石仏 https://hokuriku-sekibutsu.com/wp-content/uploads/2026/06/husetani-sekibutsu_compressed.pdf
写真:奥 起久子撮影(2026/5/17)
写真・資料提供:滝本やすし氏(北陸石仏の会副会長)

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