乳信仰探訪

乗久寺本堂の「跰倉媼婆尊像」の厨子の前には、乳をお供えするための容器と乳型が奉納されている
左肩から嬰児が顔を覗かせている媼婆尊像は秘仏(乗久寺提供)

福井市の住宅街にある乗久寺に、乳の祈願が伝わる「跰倉媼婆尊像(あしくらうばそんぞう)」が祀られている。富山県立山の芦峅(あしくら)寺姥堂から勧請されたもので、『跰倉之媼婆縁起並序』に、産後に嬭 (だい/ない:乳の意)が出ず困った女性を救うため(中略)越の中州跰倉に降臨したまふ、故に跰倉の媼婆と名づけ奉る、との記載がある。また同じく「媼婆縁起の拝読文」には、媼婆尊像の供米を食べるとたちまち乳が出るようになるとの記載がある(細木論文、『企画展 うば尊を祀る』)。
寺院には、お供えしたお米を混ぜた米でお粥を炊き7日間食べるよう、搾乳し乳を吸わせるようなどと書かれた「御供米授与時の注意書き」が残る。この内容は『日本産育習俗資料集成』に記載されている。他には、媼婆尊参拝者名簿、搾乳を入れてお供えするための容器(他の場所では見たことがない)、奉納された乳型が残っている。名簿によると平成に入るあたりまで、近隣からコンスタントに参拝者があったようだ(2025年4月訪問)。
媼婆尊像は嬰児を背負った像で、左肩から嬰児が顔を覗かせている。秘仏で、ご開帳は不定期、前回は平成12年(2000)で50年ぶりだったとのこと。「現在でも、おっぱい型のお守りがいくつも奉納されており、供米をいただきにくる女性の参拝者がいる」と細木論文にある。
富山県立山の芦峅寺姥堂にはもともと本尊 3 体と脇侍66体の計69体の姥尊像が祀られていた。廃仏毀釈によって立山信仰は衰退、姥堂は取り壊され姥堂基壇という跡地が残るのみで、姥尊像は散逸してしまった。興味深いことに芦峅寺時代には乳の祈願はなかったとのことで(細木論文)、移動後に乳のご利益が生じたとのことである。
乗久寺は能念山仏心院という時宗の寺院で、 建て替えられて簡素な造りである。

恩賜財団母子愛育会:日本産育習俗資料集成、第一法規出版、1975年、p343
富山県立山博物館:企画展 うば尊を祀る、富山県立山博、2017年、p12〜13(写真)、p50〜53(文)
細木ひとみ:江戸時代の芦峅寺・媼尊信仰の一考察 ―安産・子育て信仰を言わない理由― 、富山県[立山博物館]研究紀要 第25号 、2019/03 、p71〜85
https://tatehaku.jp/wp-content/themes/tatehaku/common/images/pdf/bulletin/2018/25_2018_04.pdf
写真:奥 起久子撮影(2025/4/1)、乗久寺提供

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