道行竈は平家の子孫が住んでいる現在人口37人の小さな農村集落である。澄江寺という寺院があった場所の敷地内に、4体の石地蔵が立っている。洗米1〜2合を袋に包んで子安地蔵の首にかけ、僧侶に祈願してもらってから自宅に持ち帰りお餅にして食べると乳が出るといわれたという話が『三重県史』にある。母乳の祈願だけでなく、体が悪い方のお願いも受けていたと伝わっているとのこと。
4体の地蔵のうち、真ん中の背が高い(136cm)地蔵が子安地蔵で紫色がかった他と違う種類の石に彫られており、貞享5年(1688)の銘がある。向かってその左の地蔵はちょっと小さく高さ86cm、文化13年(1816)の銘*。両脇には庚申様と十一面観音らしい像がある。
澄江寺は山号を塩谷山という曹洞宗の寺院だったが、昭和56年(1981)に火災で焼失した後、道行竈生活改善センターとなった。地域で管理しており、地蔵の前掛けは和裁の心得のある人が20年ほど前から新しい綺麗なものを作って交換しているとのこと(2025年3月訪問)。
道行竈は3方を山に、南側は狭く細長いリアス式の湾に面した隠れ里のような場所である。竈というのは、昔この集落で平家の落人たちが塩を作って生計をたてていたことに由来している。現在8竈のうち7竈が残っており、途絶えていた塩作りが再開されている。
*南島町町史編集委員会:南島町史、南島町、1985年、p645
三重県:三重県史 別編民俗、三重県、2012年、p244
写真:奥 起久子撮影(2025/3/8)
情報提供:南伊勢町教育委員会、島田 正文氏(道行竈区長)


