慈恩寺集落のはずれの田んぼの脇にポツンと立っている小さな地蔵堂。水がごうごう流れる水路の橋のそばにある。中に3体の石地蔵が立っている。『暮しの中の神さん・仏さん』に乳貰いの場所としてリストアップされている。
石地蔵の後に奉納されている額には、地蔵名と下記の乳の御詠歌が記載されている。
ありがたや あ土の里は 知はし里の 母の乳ぶさ可 育つなでしこ
ここは安土城のお膝元で、そばにある慈恩寺は織田信長の庇護を受けた大きな寺院なので、「あ土の里」なのだ。
慈恩寺前に住む年配女性からの情報によると、お堂の中に掛かっていたもう字が読めなくなっていた古い額を、平成24年(2012)に地元の人達が歴史資料館に持ち込んで解読してもらったとのこと。乳の祈願以外にも、子どもの病気に霊験あらたかと言われて、以前は遠くからもたくさんお参りがあったそうだ(2025年4月訪問)。
3体の地蔵は、真ん中がちはし地蔵、他は文珠地蔵、日限地蔵とのこと。ちはし地蔵がメインのようで、お堂の脇にはちはし地蔵と彫られた石塔がたっている。この石塔、年号が彫られており大正とも読めるが、風化の具合からもっともっと古そうであり、ひょっとして天正?
滋賀県立琵琶湖博物館発行の報告書フィールドレポーター便りには、隠れキリシタンが地蔵ににせてマリア像を彫ったものではないかとの報告がある。隣の東近江市にある同じ名前の乳橋地蔵との関係は不明。
岩井宏実:暮しの中の神さん・仏さん、文化出版局、1980年、p235 https://dl.ndl.go.jp/pid/12169167/1/121
滋賀県立琵琶湖博物館フィールドレポーター便り(平成11年度2号:2000/1/16発行)p16、17、p21 https://www.biwahaku.jp/uploads/1999_2nd_report.pdf
写真:奥 起久子撮影(2025/4/21)



