有乳山はあらちやまと読み、荒乳山、愛発山とも書く。滋賀と福井の境にあり、むかしは関が置かれていたという山の中で、「あらちが関」は枕詞として使われた。
『越前若狭の伝説』とサイト「丹後の地名」に、ここにあったという乳房岩についての記載がある。祈願すれば乳がよく出るというご利益があり、宮中の女官の参詣が多かったため、お参りの便宜を図るべく永承5年(1050)6月16日に(6月6日とも)京都に移したとある。日付があるところがなんだかリアルである。
サイト「丹後の地名」によると、愛発山がどの山を指すのか自体も確定されていないというが、疋田から山中に至る国道161号線の西側一帯の山地とのこと。『越前若狭の伝説』にある江戸時代の絵図には、明治維新で廃寺になった山中地区の光傳寺の奥の方に山が描かれている。山中地区は昭和30年代(1955〜65)に廃村となり、今は無人である。
現地には痕跡がなく細かい場所は特定できないが、移動先が推定できること、乳の祈願の記録としてこれほど古い時代のものは他に残っていないこと、この時代にこのような一大プロジェクトが企画されたことは、画期的な母乳育児支援として記録しておきたい。
京都に移されたという岩は、以前有乳山 岩上寺にあり現在上京区の岩上神社にある大岩のことと考えられる。
*京都市岩上神社 https://www.midwifepc.co.jp/column/2025/09/25/iwagamijinja/
サイト「丹後の地名」山中 https://tangonotimei.com/etizen/turuga/yamanaka.html
サイト「丹後の地名」疋田 https://tangonotimei.com/etizen/turuga/hikida.html
杉原丈夫編:越前若狭の伝説、松見文庫、1970、p657〜658
https://dl.ndl.go.jp/pid/12467707/1/343
写真:奥 起久子撮影(2025/4/1)



