乳信仰探訪

はったい地蔵

「はったい地蔵」と呼ばれているが石碑である
江戸時代からのものといわれる地蔵堂が後ろにある
地蔵堂には千手観音とお地蔵様が祀られている

昔は若狭街道と呼ばれた県道に面して地蔵堂があり、前に高さおよそ四尺(1.2m)ほどの石碑が立っている。この石碑を村人は「はったい地蔵」と呼び、乳の出を必ずよくしてくれるご利益があるといって祈願したという。願いがかなうとお礼にはったい粉(麦を炒って粉に挽いたもの)を供えるのが慣わし。『若狭和田郷土誌』『若狭高浜むかしばなし』とサイト「丹後の地名」「福井県伝承浪漫」にその記載がある。
どんな病気でも治してくれるという老婆が、この石碑に祈っていたのを見てみんなが崇めるようになったという話が伝わっている。石碑には金剛経の一句「応無所住而生其心(オウムショジュウニショウゴシン)」が彫られているのだが、老婆が「おうむぎばったい二升五合」と唱えていたというのでオオムギの粉を撒くようなったという話が『若狭和田郷土誌』にある。
石碑の表には享禄4年(1531)の銘が彫られ、裏には「天保六(1836)乙来秋再建之」とある。この文言からそばの地蔵堂は江戸時代のものといわれ、石造りの千手観音と地蔵が祀られる。個人の敷地で、毎日お茶やお花を絶やさずお参りしているとのこと(2024年9月訪問)。

高浜町教育委員会:若狭高浜むかしばなし、1992年、p18〜19
和田地区委員会:若狭和田郷土誌、和田文化推進協議会、1992年、p264
サイト「丹後の地名」 https://tangonotimei.com/wakasa/takahama/wada.html
サイト「福井県伝承浪漫」 https://kofukuroman.com/hattaizizoh/
写真:奥 起久子撮影(2024/9/9)

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