朝日町の西、名張川を挟んだ大谷頓子山の杉林の中に地蔵堂があり、子安地蔵が祀られている。子どもの守り神、子どもの授け神、安産の神、母乳の神として崇められてきたという話が、謂れとともに堂内の「頓古山子安地蔵由来」に詳しく記載されている。「天正伊賀の乱が収まった頃(1592年頃)、筒井順慶の子息定次が伊賀に転封されたときの家老で、名張を治めた松倉豊後守重政には子どもがなかったが、旅の老人に言われて男女2体の地蔵を頓子山頂に祀ったところ、子どもを授かった。お参りの便宜を図るため1体を麓に下ろしてこの場所に安置し、それぞれ上頓子地蔵、下頓子地蔵と呼んだ。その後地域の人たちが、祭日には山海の産物をお供えし、お餅を撒いてお祀りしてきた」とのこと。「広報なばり」にも同内容の話がある。
地蔵堂は簡単な作りで腰掛けて座れるようになっており、奥に石仏が祀られた小祠があり、千羽鶴が奉納されている。側に山神と彫られた石碑と、山から水を引いて貯めるようにした井戸のようなものがある。また対岸の土手には水神の石碑があり、信仰のある石造物が多い地域である。
なお名張市には子安地蔵は十数カ所にあるとのことであるが、そのうち乳祈願の伝承が残るのはここだけとのことである(名張市教育委員会情報)。
名張市郷土資料館:広報なばり2018年2月25日号 https://www.city.nabari.lg.jp/s010/110/080/010/2018/01/300202/30-2-2-3.pdf
写真:奥 起久子撮影(2023/3/30)
情報提供:名張市教育委員会



