乳信仰探訪

弘仁6年(815)の創建と伝わる池福寺
薬師堂?と思われるが確認できない

近江八幡市の郊外の水田がまだ多い地区にひっそりとある池福寺(ちふくじ)。本尊の薬師如来は、信仰していた里人が母乳に恵まれるということから、乳薬師として親しまれていたという話が寺院を紹介する天台宗滋賀教区サイトにある。
池福寺は山号を霊松山という天台宗の寺院で、創建は非常に古い。伝教大師最澄が東国巡錫中に弘仁6年(815)に霊木をもって一刀三礼し薬師如来を彫り、この地に堂宇を建立したと伝わる。この時に傍らの松の木が光り輝いたことから霊松山と称するようになったと伝えられている。
なおこの場所は、南北朝期に蒲生氏の家臣の池田源右衛門が領していた池田館という城館があった場所といわれ*、堀痕・土塁痕・曲廓痕(平削地)の他に、鎌倉中期のものと推定される宝篋印塔が寺院の境内に残っている**。
史跡としての指定はないようで、屋根が崩れ落ちそうになっているなどかなり荒廃している(2022年11月訪問)。
*ブログ「滋賀県の城」 https://masakishibata.wordpress.com/2016/06/18/kirihara-ikeda/
**ブログ「石塔紀行4」 http://www5e.biglobe.ne.jp/~truffe/to-omi-w.html

天台宗滋賀教区のサイト http://tendai-shiga.com/urahoku-10.html
写真:奥 起久子撮影(2022/11/28)

カテゴリー

内容

県名検索