乳信仰探訪

スギが大きいので小さく見えるが、人の背丈ほどあるお堂である
「島津越え」あるいは「五僧越え」と呼ばれる峠越えの道の脇にある
暗くてよく見えないが赤い涎掛けの石地蔵のようだ

廃村となった保月集落からさらに奥に行った鈴鹿山中、容易には行けない地蔵峠に乳地蔵堂がある。乳の出にご利益があると伝えられているという話が『鈴鹿の山と谷』にある。『多賀町史』には乳の余った人は乳預け、不足する人は乳授けを祈願し、京都や大阪からも参詣人が来たとある。個人のブログで出典は不明だが、乳腫れにもよいという記載もある。
地蔵堂はひときわ大きな3本のスギに守られるようにしてある。スギが大きいので小さく見えるが、人の背丈ほどあるお堂で、中に赤い涎掛けをつけた石のお地蔵さまが祀られている。下の部落の人がお供えしているのか、お花が供えられて綺麗に管理されている。
県道139号線脇にあるのだが、県道とは名ばかりで、小型車1台の幅しかない林の中の道が何キロも続き、ガードレールはなく片側は深い谷という場所もあって、冬季は通行止めとなる。2022年時点では保月集落からは道路状況悪く、同じく廃村になってはいるが反対側の杉集落からのアクセスの方がよかった。
地蔵を守る3本のスギは慶長5年(1600)の関ヶ原の戦いの後、薩摩藩から送られたという伝承のある「薩摩杉」で、一番大きいものは樹高37m、幹周7.3m、樹齢400年と多賀町観光協会のホームページにある。地蔵も「島津義弘に縁(ゆかり)の地蔵」とのこと。関ヶ原の戦いのおり、敗れた西軍方の島津義弘率いる薩摩の島津軍が敵中突破して関ヶ原から堺に至った話は有名だが、この峠越えの道が「島津越え」あるいは「五僧越え」と呼ばれるそのルートだったという。

西尾寿一:鈴鹿の山と谷1、ナカニシヤ出版、1987年、p272~273
多賀町史編さん委員会:多賀町史 上巻、多賀町、1991年、p122
https://dl.ndl.go.jp/pid/13133243/1/82
写真:奥 起久子撮影(2022/11/28)

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